Jul 23, 2009

finger lake

森の中のワイナリーにて 家の近くの芝生で
途中でとまったダイナー
車の運転席でハンドルを持って嬉しい
私たちは、ニューヨーク州のほぼ真ん中にあるIthaca(イサカ)と言う町に来ています。この町は一見なんのへんてつもない小さな田舎町ですが、アイビーリーグの一つのコーネル大学があります。またこの地域はフィンガーレイクと呼ばれるいくつかの細長い湖の一つがあり、ワインの生産地としてニューヨークの町から週末、観光客も沢山やってくる所です。コーネル大学はこの湖の東側の高台を中心に広大なキャンパスが広がっています。キャンパスの中には湖に流れ込む急流もあり、自然も豊かです。建物は古いイギリススタイルのレンガ造りから近代風のものまでがこの広いキャンパスに点在しています。ニシム曰く図書館の蔵書がすごいと言っていました。確かにカタログされている本にはいろいろな言語も含まれ、日本語の本も多数ありました。 そして週末、このフィンガーレイク地域をドライブしました。途中で昔の交通手段である運河の利用で発展した町の歴史博物館を見学したり、ワイナリーで試飲したりしながらドライブしました。ある町では小さなミュージックフェスティバルは催され、恵伝はそのイベントが気に入った様子で音楽を聴きながら踊っていました。同じような田舎町でもアメリカ南部とは違い、そこのは建国初期のアメリカ史を担った地域という風情があります。そして緑の美しい丘陵地域が永遠の続きます。コンパクトにまとまった所にいろいろなものが凝縮されたイスラエルとはぜんぜん違い全てが広大なアメリカです。

Jul 22, 2009

fly to America

ニューヨーク行きの飛行機の中で 待合室で眠り込むえでん
ロンドン空港内のパブの前で買ってもらったお絵かきセットと
7月9日、私と恵伝はアメリカにやってきました。ニシムは一足先に渡米していました。約3週間ほど母子家庭だった間、恵伝は毎日「Abaはどこ?」と寝る前に聞いてきます。その度に「アバはアメリカ」と答えていたので、アメリカという言葉は覚えました。ただそこが実際どのくらい遠いのかは実感がありません。とうとう私たちも出発する日、今日は沢山飛行機に乗るよといって説明しました。実際私たちは、テルアビブーロンドンーニューヨーク、そして国内線に乗り換え、約24時間の旅でした。最初の飛行機では2時間ほど寝て、ロンドンのヒースロー空港では、お絵かきセットを買ってあげると嬉しそうに走り回っていましたが、4時間の待ち時間で途中でくたびれてベビーカーで居眠りを始めました。私は取り合えず待合席で時間までつぶします。ロンドンの空港は、インドやパキスタン系の人、中東の人など世界中から人が集まっている風情があり面白いなと思いました。また空港の待合室もなんとなく長距離列車の待合室のように庶民的で、皆思い思いに時間を過ごしています。次のニューヨーク行きの飛行機では昼寝をした恵伝はパワー全快で、オンディマンドの番組を見たり、機内食やまた初めてアイスクリームも食べました。私は夜中の3時に家を出たままあまり寝てなかったので、とても疲れて、何度も恵伝に寝るように言いましたが、彼女は通路を走って喜んでいます。折角4人がけシートを彼女と二人で使えるのになかなか寝かせてくれません。それでも最後の2時間くらいからようやく寝てくれました。そしてニューヨーク着陸時もすっかり寝入っています。それを見たスチュワーデスの一人が飛行機の外までに荷物を運ぶのを手伝ってくれました。そのままベビーカーでも眠り込んでいます。考えて見ればニューヨークは午後4時でもイスラエル時間ではもう夜中です。今度は国内線に乗り換えるので一旦荷物を受け取り、隣のターミナルへの移動が一苦労でした。それでも何とかチェックインをして荷物を預け、乗り場に行こうとすると手荷物検査場で、ベビーカーも検査するので、靴を脱がせ、抱いた状態で金属探知機を通れと言われました。米国入国時も係官の対応が威圧的だったけど、ここでもそうです。しかも誰も手を貸してくれません。イスラエルの空港保安検査は世界で一番厳しいと言われていますが、靴やベルトを脱ぐ必要はないし、ベビーカーも子供を乗せた状態で係官が通してくれました。たまたま飛行機を降りるときに1リットルの水ボトルをもらったのでそのまま持っていたら、これを持っていくのは出来ないの知っているだろと係官に言われたので、「どうぞ捨ててください。しかし誰も子供を抱いているのに手伝ってはくれないのですか?」と言ったら、その瞬間、係官の表情が人間らしくなり「僕がベビーカーを広げてそちらにもって行きます」と言ってくれました。なんだかアメリカの方がテロの恐怖にヒステリックになっている感じがします。ロンドンでも色々な人が空港にいたけどこんなに威圧的ではなかったです。アメリカも随分変わったなと思いました。最後の国内線は1時間ほどのフライトですが恵伝はずうっと横になって寝たがります。それでも離陸時はシートベルトをして座らなければならないので、何とか座らしていたら、とうとう嘔吐してしまいました。考えてみたら出発してからほぼ24時間たっています。その間ゆっくり横になって寝ることも出来なかったのです。私だって疲れているのに、まだ2歳半の彼女が疲れていないはずはありません。それでも彼女は一度もぐずらず、もうすぐお父さんに会えるねといって楽しみにしているのです。やっと到着して、ニシムに会えた時は半分夢の中でしたが、それでも嬉しそうでした。 追伸;この時ニシムに犬のぬいぐるみを貰いました。その後このぬいぐるみを持ち歩きながら、恵伝はいつもお父さんがくれたのよと私に言います。

Jun 29, 2009

June

シャブオットの祭りに、家族でキネレット(ガリラヤ瑚)にキャンプに行きました。近年の日照りで湖岸が10mほど後退して以前は湖底だった砂地にテントを張りました。またたくさんの美しい貝殻を見つけました。当日は大変暑く、水の中はとっても気持ちよくて、恵伝は一人でもたったったと走って、海に入ろうとします。そのたんびに私達は追っかけていきます。その後みんなでBBQをしたり、砂で遊んだりしました。
一日中遊んで、そろそろお休み
海で遊んで、今度は砂遊び
まずは海を見に
ガリラヤ瑚に着ました。
ペサハ(過ぎ越の祭り)からシャブオットにかけて、たくさんの休日があります。そんなある日初めて、エルサレムの動物園に行きました。動物を見るのが大好きな恵伝は大喜びでした。友達の子供達ともあって、彼女たちにいろいろ動物園を案内してもらい楽しかったようです。この時の思い出が良かったようで、先日の土曜日にも動物園に行きたいと聞いたら、すぐに行きたいといって自分から出かける準備をしていました。
エルサレムの聖書動物園

May 21, 2009

May

17日はニシムの誕生日だったので家族でハヤルコンにピクニックに行きました.
ハヤルコンはテルアビブのセントラルパークのように人々の憩いの公園です
ローマンとAbu-Goshの十字軍時代の教会中庭にて
ここも十字軍時代の建物が残るアクアベラ(Ein Hemed)にて
先月からイスラエルは夏時間になり,日も長くなりました.また春から初夏に向かって季節は変わります.だんだん外に出るのが気持ちよい季節です.最近は休日には友達や家族を誘ってピクニックに行きます.エルサレムでは同じ京都生まれのローマン君と良く行きます.ローマンは一歳上の男の子.活発に遊ぶのを,恵伝も真似てついていきます.また保育園で年長クラスの韓国人留学生の娘ハランちゃんは同じ大学寮に住んでいるという事もあり,帰りによく一緒に帰ります.ハランちゃんは口が達者なので彼女の口まねをしながら恵伝はいろいろなヘブライ語の表現を覚え、家に帰ってもまねして何度も繰り返しています.最近発見したのですが、恵伝は同じ言葉でも私にいう時には日本語で、他の人にいう時にはヘブライ語を使うという事でした.また違う言語という認識がないのかと思っていた私はびっくりしました.2歳を過ぎてたくさん言葉が出る様になって来ました.

Apr 21, 2009

Pesah holiday-1

Bat-Yamの海が奥に見えます.丘一面が花畑になっていました.
Tel avivの港、休みなのでいろいろなイベントがありたくさんの家族ずれがやって来ていました.
先週までペサハ(過越の祭り)で保育園が10日間も休みになりました.私と恵伝は親戚の家を渡り歩きました.最初の2日間は私がエルサレムで仕事があり、保育園のママ仲間に一日預け、夕方ニシムの姉オスナットの所に預けにいき、翌日早朝エルサレムに戻って仕事をしてから、再びBat-yamに戻り、Lela-seder と呼ばれる過越の始まりの食事をニシムの実家で家族全員で祝いました.(注:ユダヤ教では一日の始まりは日没からなので)去年は神戸のシナゴークにいったのですが、恵伝はまだ小さく会の間ずうっと寝ていたので、今年が彼女にとって初めてのペサハ体験です.今年はニシムをのぞき家族全員そろい(総勢18人とお腹に一人)にぎやかで楽しい晩餐でした.朝から従兄弟たちと遊んでいた恵伝は食事か終わり,それぞれが家に引き上げようとすると自分も彼らたちと行くといって初めて見るような号泣をしました.それを見たオスナットはかわいそうだと自分の子供達と一緒に恵伝ともう一人の従兄弟を連れて行きました.初めての外泊です.30分くらいしてから電話してみると大丈夫とのことでそのまま一泊させました.翌朝,私の方が心配で夕べ遅かったにも関わらず早く起きてしまい、9時頃尋ねていってもまだみんな寝ているようで出直しました.結局昼頃電話をして起きているのを確認してから迎えに行くと恵伝はまるでそこの家のこのように私を向かい入れてくれました.オスナット曰く子供達と一緒になってベットで寝ながらテレビを見たり,一緒にご飯を食べたりしたそうです.2歳になってもう完全に赤ちゃんから子供に成長して他の子供達に一生懸命ついていく恵伝ちゃんです.

Apr 4, 2009

buy-buy Obaachan

 とうとう先週の木曜日に恵伝のおばあちゃんは日本に帰ってしまいました。5週間いてくれたのですっかり馴染んでいました。おばあちゃんがいる時はふざけてばかりいたけど、帰ってしまったら、私が貸していたフリースを着るとそれはおばあちゃんの服だから着てはだめだと怒ります。またおばあちゃんが一番好きで今度日本に会いに行くんだそうです。帰る前に3人でJaffaの町を散歩しました。芝生で転がっていると空に空港に向かう飛行機が飛んでいます。あの飛行機でおばあちゃんは帰るんだよと教え、空港でも寝てる恵伝を起こしてバイバイをしてそれなりに帰った事は納得しているみたいです。 今回はまず一足先にニシムが日本に旅立ち、そして少しずらして母が帰国したので、去年のようなショックはひとまず無いようです。それとも恵伝も成長してすこしずつ状況が理解できる様になったのかも知れません。
私も母もみんなで芝生に寝転がりたかった恵伝
海辺を二人で歩いてます。前方のビルはもうテルアビブ
おばあちゃんからおにぎりをもらう恵伝
隙間から海が見える事が嬉しくてはしゃいでました。

Mar 30, 2009

Spring season

3月もあと2日。あっという間に春爛漫のイスラエルです。本日エインカレムというエルサレムの近くの村で、花畑を見つけました。黄色いカラシナ、野生のアヤメ、ポピー、カモミールなどよく見るといろいろな花が咲いていて、恵伝は匂いをかいだりして楽しそうでした。
また母が日本からやって来て、恵伝は「おばあちゃん」という言葉を思えました。私とは違って優しくしてくれるので、甘えん坊になる恵伝ちゃんです。
この日、お披露目用ドレスを見つけました。着せてあげるとすごく嬉しそうなので、写真をとろうとするとなぜか目をつぶる恵伝。何枚もとったのに、みんなこんな風に目とつぶっています。
本当に今月は母がいたので、私はとっても楽でした。仕事で2回ほど、一週間ずつ家を開けても心配せず、家に帰ればご飯もできていて、とっても楽しい時間でした。最近の恵伝はだんだんその人によって、自分の出し方を変えます。私と恵伝の関係、母との関係、義母との関係などそれぞれです。でも恵伝はみんな大好きです。