Jul 11, 2011

June, end of year

6月は9月から始った学期が終わり夏休みに入る前の月です。恵伝の保育園は公立ではないのですが,教育省から派遣されている先生がお休みに入るため、早めのお別れ会がありました。また今年はバレエを習いに行っていたので1年の成果を見せる発表会もありました。 恵伝は,近所のWIZOというところが経営している保育園に3年間通いました。1歳7ヵ月からこの7月で4歳5ヵ月になる時期です。3年間同じクラスだった子は全体の1/3くらいですが,親としてはそれぞれの子ども達の成長ぶりにすこし感動します。入ったばかりの頃はまだおむつをして,言葉も話せなかったのに、今ではすっかり生意気な口をきいてきます。昨日も遊びにきたお友達に,恵伝はお姉さんの様な話し振りでした。彼女のヘブライ語はとっても語集が豊富で,先生も恵伝の言語能力は素晴らしいと言っていました。今年のお別れ会は,親達の前で音楽に合わせていろいろなダンスを披露してくれました。中にはストーリー性のあるダンスもあり,入りたてのころの雑然とした中のでのパーティとは異なり、ビデオカメラを持って行かなかったのが悔やまれます。 お別れ会の数週間前から,恵伝は、子ども達がショシ先生ともうすぐお別れするのでみんなとなりに座りたがるので、競争があると言っていました。そして前日にはショシ先生にプレゼントすると言って絵を描いていました。年の初めにはいろいろとこの先生に問題を起こしていた恵伝でしたが,最後には懐いていたようです。
来年からは,彼女はちょっと遠くにある公立の保育園に通います。友達もみんな変わり新しい言葉のアラビア語も日常に入ってきます。この変化に適用できるかちょっと心配もありますが親としては楽しみな面もあります。
また前日にあったバレエの発表会は本当に子どもの成長に感無量といった感じでした。たった3年間で、赤ちゃんから一人前の女の子になる恵伝の成長と同じ3年間でいったい何が身に付いたのか疑問の親とは雲泥の差ですね。

May 9, 2011

April

今日のイスラエルは戦没者記念日。テレビやラジオは一日中悲しい話でいっぱいです。子どもたちも今日は白と青の服を着て保育園に行きました。恵伝が,なぜ白と青の服なのか(本当はピンクの服が好きなので)聞いてきました。イスラエルの建国のいきさつや戦争の概念を説明するのはとても難しいです。取りあえずイスラエルが生まれる時,難産でたくさんの人が死んだと説明しました。本当はそこでパレスチナ難民が生まれたことも話さなければ行けないのですが,そこまで説明できませんでした。彼女はまだなぜイスラエルが生まれると人が死ぬのか良くわからなかったみたいです。保育園では国旗の話があったようで,日本の国旗もわかる様になりました。すこし国の概念がわかってきたようです。来年行く保育園(ハンドインハンド)ではこの日はどういう風に説明してくれるのでしょうか。 クフィールは,10ヵ月目に入り,私の後追いが始りました。彼の視界から姿を消すと泣きなから探しにきます。今は家中,ハイハイしながら移動しています。おすわりもしっかりできる様になり,最近は立ちたがります。恵伝も良くクフィールと遊んでくれます。

Mar 30, 2011

March,

2月後半から3月いっぱい仕事が立て続けに入っていたので,子育ては母にお願いしていました。そのお陰でクフィールはもうすっかり母に慣れています。私が仕事から戻ってくると見せる笑顔は母にもします。私がいない間に離乳食もごっくん期からもぐもぐ期に進み量も増え,最近小さい歯も少し見え始めています。クフィールは平均より背が高いようで,その分体重自体は身長に比べるとやや少ないようです。確かに7−8月頃の恵伝を見るともっとぽっちゃりしていました。但し彼は良く食べます。最近は離乳食の作り置きもすぐ終わってしまいます。おすわりが10秒ぐらい,ハイハイは30cmくらいです。そのため移動するのはもっぱらゴロゴロと転がるか,腹這いでぐるぐる回転しています。恵伝はこの時期にはハイハイして猪のように突進してたので,クフィールはのんびりやなのかなと思っていたら,今日だっこするとしきりに足を伸ばして立とうとしていました。一気に立つのは難しいからクフィールに順番に成長しようねと諭しました。性格は穏やかで,一人でもよく遊んでいます。恵伝との大きな違いは,生活のリズムが一定でどんな時でも夜8時には眠くなり,朝6時には起きています。先日2日間だけ子ども達の休日と仕事のOFFが重なりニシムの実家に行きました。従兄弟達に混じってクフィールも興味深そうに参加していました。

Feb 15, 2011

February, Eden's Birthday month

2月は恵伝の誕生月,4歳のお誕生日会は保育園と家族で2回しました。実は最近恵伝のクラスでは,夕方会場を借りきってクラスの子達全員を招待するお誕生日会が続き,恵伝もやりたがっていました。しかしこれはかなりの出費で今の私たちには負担が大きいと今回は恵伝に納得してもらい,しかし保育園のお誕生日会にはニシムや母の友人たちも参加してくれました。子ども達の前で母と友人たちが日本の歌を歌ってくれたのでクラスの子ども達の間では好評だったようです。後日何人かのお母さん達が教えてくれました。 弟のクフィールも生まれて,今はお姉ちゃんの風格も出て来たようです。

Jan 1, 2011

A happy New year

みなさん明けましておめでとうございます。 先日も書きましたが、イスラエルはこの時期が公式的には新年ではないので、これといった休日もなく日々が過ぎて行くのですが、今年は大晦日が金曜日の安息日に重なったので少し趣がありました。先週インドに行っていたニシムが無事帰って来て久しぶりに一家で彼の実家に行きました。義母さんは他の兄弟たちにもごはんを食べにくる様に声をかけたらみんなやって来て、お祭りの時のようにみんなで夕食をしました。また妹のハガルは子ども達みんなにおもちゃのプレゼントまでくれました。 イスラエルではこの新年を「一般的な新年」と呼び、ユダヤ暦の新年と区別します。それでも若い人を中心にちょっとした外出のチャンスになり、レストランなどの料金は軒並み上がります。あえて言えば日本のクリスマスの様に宗教的意味はないけど、ヨーロッパなど世界の多くの国々が祝うのでちょっとしたお祭り気分になるのでしょう。 ところで日本ではお正月三が日は、たくさん食べて飲んで何もせずのんびり過ごしますが、まさにこの過ごし方がユダヤの安息日なのです。今日の土曜日は、本当にゆっくり過ごしました。恵伝は最近従兄弟の家にすぐに遊びに行ってしまうので、私はクフィールの面倒だけになり、また義母や義姉も彼の相手をしてくれるので昼寝したりして休みました。 最近、再び週3回、朝から4時間ほどヘブライ語のクラスに行く様になったので(新移民の特権で半年間は無料で受けられるのです)一週間があっという間に過ぎて行きます。2人の子どもの世話と勉強に両立は本当に難しく、同じ寮に住んでいる学生のお母さん達はどうやってやっているだろう不思議に思います。一週間の終わりにはくたくたになってこの安息日を心待ちにしています。朝起きて時間に追われながら準備をする事や、食事に頭を悩ます必要がないので安息日は本当に気楽です。それでも子ども達の世話はNon Stopですか、ニシムの実家に行けば大家族なので負担が分担されて今日のように休めるのです。ユダヤ教と言うと堅苦しいイメージがありますが、私はこの安息日が大好きです。 また今年で恵伝は4歳に、去年はクフィールが生まれ実り多い年でしたが、今年はさらに家族4人で充実した年になると良いなと思っています。

Dec 21, 2010

師走のイスラエルでは、、、

気がついたら、2010年もあと一週間ちょっと。私は日々の生活に追われ、というよりもイスラエルではこの時期、年末と感じる人が少ないので何も変わらず日常が過ぎて行きます。たまたま日本大使館に用があり、年末年始の休みについて連絡があって思い出した次第です。 今月からクフィールは半日保育園にいくことになりました。2月から仕事を再開する予定なのでちょっと早いのですが、新しい環境に慣れるまで時間がかかるかなと思い今月から通いだしました。まだ小さいので人見知りなどの問題はありませんでしたが、やはり最初の2週間は母乳から粉ミルクに切り替わったりでちょっと下痢気味でしたが、今週からだいぶ落ち着き、離乳食もすこしづつはじめました。(本当は母親の方が子どもから離れるのが辛いようです)恵伝が保育園に行きだした時(3が月)は、回りの子ども達の動きを見て自分も動ける様に家でも一生懸命ばたばたやってましたが、クフィールはあまり変わりません。家でもときどき寝返りする程度であまり積極的に動かないので他の赤ちゃんたちに会っても、あまり効果がないなと思っていたところ、昨日迎えに行った時、隣で他の赤ちゃんが座っているのを横目でちろちろ見て気になっているようでした。そこにまた別の赤ちゃんがハイハイしてやって来たら、ちょっとばたばたしてアピールしていました。やはり子ども同士の方が刺激になるようです。また最近恵伝とクフィールの関係も良くなって来ました。昨晩もベットに寝かしていたら、恵伝がやって来て、歌ったり話していたりしたらクフィールは声を出して笑っていました。傍目にはクフィールの近くで恵伝は跳ねたりするので、ハラハラしているのですが、彼らはそんなの関係なくうれしそうようです。 クフィールが家にやって来て5が月になり、私たちの生活も家族4人に慣れて来ました。

Dec 5, 2010

山火事

今、イスラエルはハヌカのお祭りの真っ最中.この祭りは8日間ろうそくを一本ずつ増やしながら、神さまの奇跡を祝う祭りです.でも皮肉な事に先週の木曜日からハイファ近くのカルメル山で火事が起こり、41名の死者を出すイスラエル建国以来の大惨事となりました.出火元はまだはっきりしませんが、放火/失火いろいろ言われています.また各国かもら消化用の飛行機や消防士が駆けつけています.地形が入り組んでいるため、主な活動は海の水を運んで空から消火作業です.最初に来たのはギリシャ、トルコやヨルダンなどからも来ました.火が起ってからすでに3日間たち、キブツが一つ全滅、その他にもたくさんの人がやけだされたり、非難しています.カルメル山は、「神の農場」という意味で自然が美しく、こちらでは「リトル スイス」と呼ぶほど森や谷がまじわる風光明媚な自然保護地区でした.テレビ、ラジオも安息日にも関わらず終日生中継をして現場の状況を追っています.死者は、地域にある刑務所の受刑者を救出する為に駆けつけた看護官を運んで来たバスとボランティアの16歳の少年でした.また人々の間では、この火災がイスラエルのイメージ(火事に弱いのでは)対する悪影響を懸念する声も聞こえて来ました.それから便乗して放火している人もいるようです.今年は例年にないくらい,気温が高く(12月に入っても25度を超える気温)雨期なのに雨は1回きりで乾燥しまくっている状態での山火事でした.