Feb 10, 2009

2 years brithday

We went to Safari park in Ramat Gan for her brithday 
Eden's brithday party 
先週の土曜日,2月7日で恵伝は2歳になりました。2歳はこちらではterrible twoと言って,第一反抗期です。恵伝も最近は何でもロ=ヘブライ語でNO,と言います。例えば「お風呂はいろう」「ロ」「寝よう」「ロ」ってな感じです。そしてできる事も増えて来たけど,できない事もあると,癇癪をおこして,ぶったり,投げたり,昨日は人形の髪の毛を引っ張っていました。最近反省しているのは,私がつい恵伝の考えを先回りして,言う前にこちらから手を貸すので,恵伝は言葉で自分の意思を伝えることがまだ未熟なようです。また彼女は2重言語生活をしているので(日本語とヘブライ語)どの言葉で伝えるのか余計時間がかかります。イスラエルでの親子関係を見るとこの言葉で表現する事はかなりしっかりと教えられているよう感じます。5−6歳でもしっかり自分の考えを伝えているし,親も子供に言葉で表現するようにしつけています。
私も最近は気をつけて言葉で表現する様にしています。そうしたら,恵伝もだんだん私に向かって日本語を言う様になって来ました。(私が言った言葉を繰り返す様に)例えば朝「恵伝起きる?」と聞くと「恵伝起きる」と答えて起きて来ます。また私達を起こすときも「イマ(=お母さん),起きる」と言って来ます。片言ですが,意思の疎通が少しずつできる様になって来ました。
追伸:本日はイスラエルの総選挙,投票終了一時間経って,途中経過はカディマのチィッピー•リブニーが有力です。ここ数日ニシムや他の家族たちは誰に投票するかよく話していました。ところで先日ヘブライ大学にリブニーが講演に来た時,珍事件がありました。熊の格好をした学生が立ち上がって,リブニーに「暑い暑い」と訴えたのです。そうイスラエルではどうしてもパレスチナ問題が先にきて,今世界的課題の環境問題がおろそかです。リブニーは笑いながらしかしこの問題も考慮しなければいけないと話したそうです。なかなか粋な訴え方ですよね。

Jan 18, 2009

2009 starting with ....

年が明けて、3週間、ガザでの戦争も3週間が経ちました。エルサレムはガザから遠い町の一つなので、ロケットが飛んでくる心配も無く、私達は安穏と暮らしていましたが,先週ちょっとしたハプニングがありました。
まず水曜日の昼1時ごろサイレンがエルサレムの町に鳴り響きました。たまたま恵伝は風邪で保育園をお休みしていて私と家にいました。私は取りあえず外の様子を見に窓に行きましたが,風景は何も変わらず何人かが私の様に様子を見に外に出て来ているだけです。その後ニュースをつけてみましたが何も案内はなく,ニシムは授業中で電源が入ってなく、家の防護部屋である寝室に恵伝を連れて行くか私は考えました(イスラエルの家もしくは住宅地には防護部屋が必ずあります)結局これといった違いはないのでそのままにしていました。30分後にニシムのお姉さんが電話で”サイレンがエルサレムで間違えて鳴ったけど大丈夫?”との知らせがあり,あのサイレンの理由が分かりました。夜のニュースでもこの珍事が報道されていました。時期が時期なのでみんな一瞬ぎょっとしたようです。
金曜日の夕方は家の近くで銃砲の様な音が何回か聞こえました。夕食の頃また鳴ったので窓を開けて様子を見てみました(アラブ人たちがよく結婚式で花火をあげる音が銃砲の様に聞こえる事も多いので)ただこの時は大学の裏の方から“アラーアクバル”と叫ぶ声が聞こえて来ます。銃砲の音も断続的に聞こえ、空が一瞬明るく見えました。私達の住んでいるあたりはちょうどアラブ人の村イサウィアなどが丘の東斜面ありその辺りから聞こえて来ます。ニュース速報などを調べたけれどこのことは何も書かれていません。30分くらい銃声が断続的に鳴り響いたあと静かになりました。金曜日はイスラム教徒の合同礼拝が行われます。今週は戦争中という事で、エルアクサ•モスクには男性は50歳以上のみ入場が許可されると朝報道がありました。これは礼拝後のデモから暴動に発展するのを防ぐ目的があります。多分それで町の外でデモが行われたのでしょう。結局この事はその後も報道されなかったので、死傷者などはなく終わったのでしょう。
そんな中イスラエル側からの一方的な停戦が昨日から始まりました。しかし今日,日曜日も相変わらずロケットが飛んで来て、イスラエル側のヘリコプターもガザ上空を飛んでいる映像が流れています。昼間歯医者でそんな映像を眺めていたら、ニシムが私に”case fireなのに”とつぶやいた瞬間,隣のおばさんもこちらを見て深いため息とともに同じ言葉を繰り返しました。
それでも夜のニュースでは予備役で集められた兵士たちが家に一旦帰って来た映像やガザ内部から戻って来た兵士たちの映像も流れ、しばらくイスラエル側は様子を見る態勢に入ったようです。
追伸 恵伝は元気です。

Dec 31, 2008

end of 2008

ただいま2008年12月31日イスラエル時間、夜の11時です。もうすぐ2009年になろうとしています。恵伝は今日は9時半に眠りにつきました。テレビではガザでの戦争についての今日一日の総括をしています。昨日から旧約聖書にも出てくるベィルシェバという町にカッサムミサイルが飛んで来ています。ガザから40kmの距離です。今日は一日中珍しく雨模様でレーダーの画像も通常より雲で隠され不鮮明でした。戦争が始まって5日目ですが、私達の生活は相変わらずです。この時期ユダヤの暦では新年にはならないので、保育園も通常どおり明日もあります。若い人たちの間ではシルベスターと呼ぶ年越しパーティーがありますが。保育園の若いお母さんがシルベルターのパーティに行くか聞かれましたが、恵伝を連れて行く訳にも行かないし(最近夜更かしぎみで困っているし)みんな風邪ぴきなので行かないと言いました。最近は夜に出歩くことがめっきり減っています。。。戦争によって変わった事は、エルサレムでの生活ではほとんどありません。ニシムたちは東エルサレム(アラブ人地区)には行くなと言いますが、私はどう見てもユダヤ人に見えないし、乗っている車も古いので(お陰でニシムはよくアラブの人に間違われるくらい)、今日ヒンノムの谷を抜けて、ダビデの町を上がり、旧市街の東の城壁の横を通りながら、オリーブ山に上ってヘブライ大学に行きましたが、町はいつもと変わりませんでした。ただ観光客がこの時期にしては少ないです(このルートは観光ルートでもあるので)。でもこれは戦争というよりはこの間の世界的金融恐慌が原因です。私もこれで4つのグループがキャンセルになり、2月末まで仕事がありません。だから毎日恵伝の送り迎えや一緒に遊んだりと子育て中心の生活をしています。今のところこの戦争で3月のハイシーズンのグループがキャンセルになるか心配しているくらいが私達の生活での直接的な影響です。あとはもうすぐ地上戦になりそうなので、そうなるとニシムの学生の何人かがかり出されるのかなと話しています。ニュースでも言っていますが、最大の関心はいつ終わるのか?です。でも完全にハマスの攻撃がなくならない限りは続けることに世論は賛同しているようです。取りあえず来年も宜しく。恵伝は来月2歳になります。
Hello  as you know from the world news, 5 days ago Isreal started to attack in Gaza strip. Most of media call this "War". However Eden's life is still nothing change. Today, December 31 is in jewish calender is normal day, Eden went to kidergarden as usual, after she came back to house she watched the TV of her favorite proglam "Dora" with eating bisckets. Only one things is change for us that we have to fight with Edem of this TV channel. She wants to see her kids proglam, but Nissim and I want to watch news to knew situation of War. It means same like yours.  I undersatnd the people living in south of Israel is very war life ( close school, and have to go shelter if they get warning) But we, people living in Jerusalem is as usual. We are 70 km far from war zone. OK, Beer Shava get hit from Gaza, between them is 40 km. This 30 km diffrance makes Eden's life as normal. I hope it will finish as soon as possible and hope everyone can say a Happy New Year. 

Dec 25, 2008

December 25 2009

お風呂が大好き
お父さんに遊ぼう!
上手にヨーグルトを食べました。
保育園でハヌカのパーティ
最後にスーガニアをもらいました。
今日はクリスマス。エルサレムでは朝から曇よりとして、雨が降っていました。恵伝はこの数週間鼻水がひどく、昨日、今日とお医者さんの所に行った後は家にいます。今週はハヌカのお祭りで、一昨日保育園でも保護者も一緒にパーティーがありました。家でも毎日ろうそくに火を灯して、歌を歌います。最近は恵伝も私達と一緒になって歌を口ずさみます。日本語の歌では、”ぞうさん”とトトロの”歩こう”が好きです。ヘブライ語はなぜか”お母さんの歌”です。言葉の意味は分からなくても適当に音をまねています。言葉と言えば、最近かなりコミュニケーションが成り立って来ました。私が言う事を理解して行動を起こしたり、いつも"マ ゼ"(ヘブライ語でこれなあに)と良いながら本の写真や絵をさして、私が言うと繰り返しています。大人になってから他国語を学んだ私はこれがもっとも自然な言葉の覚え方だと思います。相手が飽きても執拗に聞く。時々癇癪も起こすようになりました。だいぶいろいろな事ができるし、伝えられるようになって、できない事が起こるとポイッと投げるのです。だんだん家の中で恵伝の存在感が大きくなって来ています。

November 2008

11月の恵伝は、だいぶ保育園にもなれて来ました。今ではお父さんが朝保育園に連れて行くと、軽くバイバイしてすぐにみんなの所に遊びに行くそうです。時には何も言わずに言ってしまうことも。。。ニシムはちょっと寂しいと言っていました。私が迎えにいくと嬉しそうにやって来ます。たまに仕事で行けないときはベビーシッターを頼んでる日本人学生が行くと泣くそうですが。何人かのお母さんから「家の子がよく恵伝と言っている」と言われました。それなりに保育園で友達もできているみたいです。一度クラスの子を一緒に連れて帰ったことがあります。彼女はちょっとびっくりして私に着いて来ましたが、恵伝がリードして手をつないだり、家の近くの公園で一緒に滑り台をしたりして、何となく家で見る恵伝より頼もしく感じました。

Oct 21, 2008

Holiday Season

先月終わりの新年からイスラエルはいろいろなお祭りが目白押しでした。新年から数えて10日目はヨムキプールと呼ばれる大贖罪日。大人たちは断食をして日常の活動を一切停止します。でも子供達にはこの日は最高の日、だって道路には一切自動車は走らず自転車天国だから。従兄弟のカイとイライも何度も自転車で遊びにやって来ました。イライは高速道路を通ってテルアビブまで行ったそうです。でも私と恵伝は病気でダウンずうっとベットで寝ていました。そのあとの安息日にやっと少し回復して、オスナットたちとテルアビブにあるハヤルコン公園に行きました。久しぶりに昼寝もせずたくさん走り回った恵伝は、家に着くとそのまま朝までずうっと寝てしまいました。 そしてスコット(仮庵際)スカと呼ばれる小屋を屋上に作り,みんなで食事をします。恵伝はカイがやる事をまねします。カイが食事を食べないのと恵伝もいらないと言いました。いつもは大食いの恵伝ちゃんなのに,,, そしてこの時期最後のお祭りシムハット トーラー,この日までスカで食事をします。オスナットが海に誘ってくれてとても楽しい一日を過ごしました。
これでやっと約一ヶ月続いたお祭りも終わり。明日からまた平常通りの保育園。でもこの休みでせっかくなれて来た保育園もまた遠のいた感じで,すぐ泣いてしまう恵伝ちゃん。早く保育園の友達も作ってほしいな。 スコットで遊びに来た友達のイライ君、恵伝のほうが6ヶ月お姉ちゃんなので、手をつないでリードしています。 今冬のために新しく買った帽子をかぶってにっこり

Oct 5, 2008

Rosh Hashana-Jewish New Year

9月28日の夜からユダヤの新年が始まりました。私達はニシムの家族たちと一緒に南の紅海に面するエイラットに3泊4日の旅行に行きました。車でテルアビブから約5時間の道中ニシムの生まれた町ディモナでランチピクニックをして死海に降りていく道の展望台です。正面に死海の南の端とネゲブの砂漠が広がっています。