シドニー生活も半分を過ぎ、残り2週間となりました。最初の寒いは最近は慣れて、滞在を楽しむ余裕も出て来ました。オーストラリアには面白いシステムがあります。playgroupといって1ー5歳位の子供と親たちの会合です。何でも幼児の保育園代が高いのもあって3ー4歳位までは家で面倒を見てる人が多くそのような親子のための遊び場として国が場所を提供して参加者の自主的に作って行くのです。またいろいろな民族が集まる国だけあって色々な言語のplaygroupもあります。ネットで調べたら日本語のグループとヘブライ語のグループが近くにあったので、あまり英語がわからない恵伝が話せる相手を探しに行くことにしました。ヘブライ語のグループはなぜかその日はやっていなかったのですが日本語のグループは参加することができました。私たちが滞在している地域はユダヤ人(イスラエル人?)が多いらしく、私たちがイスラエルから来たというとほとんどのお母さんたちは、ポジティブな反応で中にはヘブライ語を知りたいと言う人もいました。今までにない反応でした。恵伝も言葉が通じる相手を見つけて満足そうです。
Hi! this is Eden. I am still inside my mother's belly and dont have access to the internet, so my parents are writing for me. .
Aug 17, 2012
Aug 2, 2012
Summer in 2012
今はオーストラリアのシドニーにきています。7月23日にイスラエルを立ち,香港に三日滞在してからのオーストラリア入りです。時差の関係で、くふぃーるの誕生日(24日)はとても短くこれといったお祝いもせずに過ぎてしまいましたが、2歳になりました。最近はいたずら大好きっ子で静かだなと思うと何かやってもらいたくないことが起こっています。さてオーストラリアはこの時期冬で気温はエルサレムなみに寒いです。(9ー18度位) 異例の暑さだったエルサレムで旅の準備したせいであまり防寒具のない私たちには冬の海風は厳しいものがありますが、滞在しているbondibeachは風光明媚です。これが夏であれば毎日ビーチで子供達の時間つぶしできるのですが、今は30分が限度です。パリに続きできたら夏来たかった場所でした。これがシドニー最初の感想です。
Jun 22, 2012
Kfir starting to walk
最後にブログを書いたのは1月,以来音沙汰なしでしたが,私たちは元気です。今年は2月から4月にかけてツアーが多くそれなりに忙しく過ごしました。2月のはじめには,例年通り母に子守りに来てもらっています。クフィールは母が来る数週間前から歩き始めました。1歳5ヵ月なのでかなり歩きだしは遅かったのですが,すぐにしっかりと一人で歩ける様になり,母も驚いています。今ではちょっとした距離はトコトコととても早く歩いて行ってしまいます。最近はジャンプのつもりで片足をあげてステップしています。また音楽に合わせて大股で歩いています(本人は踊っているつもり?)。そして5月末に母が日本に帰る頃には,家からスーパーまで(8分くらい)歩いて行ける様になりました。
プーリムの祭りで王子さまになりました。
ニシムが買ってきたインドの服
プーリムの日,クラスにて
プーリムの祭りで王子さまになりました。
ニシムが買ってきたインドの服
プーリムの日,クラスにて
公園で遊ぶクフィール
さて6月も後半に入り,もうすぐ夏休み。今年はオーストラリアのシドニーに一ヵ月ほど行く予定です。イスラエルからは香港経由かバンコック経由でほぼ1日かかります。さて子ども達はこの長旅に耐えられるでしょうか?
Jan 7, 2012
start year 2012
さて去年の年末は、通常に比べて仕事にでた日も少なかったのですが、一応入っていたツアーには,やっとの思いでベビーシッターを探して万全の態勢で仕事に出かけようとしたら,クフィールが体調を崩し、その次は私で結局,他の人に交代してもらい、なんだか仕事にでることを神様が反対しているようでした。。その分子ども達とはたっぷり過ごせたのですが,クフィールはウィルス性の下痢でなんと1週間も寝込んでしまい、イスラエルではほとんどの薬は処方箋がないと買えません。そのためお医者さんとの往復でした。それでもかかりつけの小児科医は,あまり抗生物質を処方しないのでもうちょっと様子をみてという感じで過ごしました。その後はニシム、私の順にこのウィルスがうつって大変でしたが,幸い恵伝だけはかかりませんでしたが。
また12月21日には恵伝の保育園で、再びパーティがありました。今度はユダヤのお祭りハヌカとクリスマスを合同で祝います。今回のパーティは光をテーマに大プロジェクトでたくさんの歌とダンスを披露してくれました。保育園生活も4ヵ月をすぎいっぱい練習したようです。クフィールもやはり保育園でハヌカパーティがありました。以前恵伝がいたクラスだったので様子は知っていましたが、まだあまり歩けないクフィールなのにとってもはしゃいでいました。子ども達の一年はいつもびっくりさせられるような進歩があり,親として見ていて楽しいです。さてこの1年はどんな年になるのでしょう。何となく慌ただしくも楽しい1年になりそうです。
Nov 12, 2011
Moslem Holiday
Oct 6, 2011
Jewish New year -2
さて問題は恵伝です。前も書いた様に、彼女の保育園は街の反対側にあります。それでもこの保育園を選んだ理由はここの方針が気に入ったからです。それは多文化主義,多言語主義です。言語とはヘブライ語,アラビア語を日常的に使い、多文化とはユダヤ教,キリスト教,イスラム教の伝統を主軸とした文化です。要するに「イスラエル社会の縮図」なのですが、この国が面白いのは教育は通常それぞれのグループがそのスタイルに沿った教育をするので、異なるグループは一緒に座って勉強することがないのです。ここはそういう意味では特別です。しかし保育園が送り迎えがちょっと大変だったので,翌週から近所で同じところに通っている小学生の子達数人と一緒にタクシーの送迎にしました。最初の1週間はスムーズに行って,これは良いと思っていたのですが,2週目くらいから子ども達が車の中で騒ぎだし、恵伝も負けずに彼らをぶったり、最後はタクシーの運転手が彼女を朝,保育園の入り口に残したまま立ち去ってしまったのです。丁度一週間のツアーがはじまった私は朝,テルアビブのホテルで先生から電話でその事実を知りました。しかし違う街にいる私はそれ以上のやり取りができず、心配のなか仕事を続けました。結局その後私の仕事が終わるまで恵伝は保育園に行かず,祖母のところで過ごしました。仕事が終わった時はユダヤ新年のお休みで、今週に入って再び私の送迎で保育園に通いだしました。最初の日は私からなかなか離れず1時間ほど一緒にいました。そして毎朝私と別れるのをいやがります。先生達曰く、行ってしまえば結構ケロとして遊んでいるとのことです。確かに迎えに行くと今度は遊びに熱中してなかなか帰りたがりません。そして今朝,クフィールを保育園に連れて行った時,恵伝の先生だったショシが「新しい保育園に慣れた?」と聞かれた時「うん」と答えていました。先週はショシに戻りたいと言っていたのが,少しずつ変わってきたようです。今回のことで学んだことはやはり新しい環境に入る時は親としてもう少しゆっくり子どもがその場に慣れる様に見守ることの必要性でした。考えてみれば恵伝はまだ4歳8が月、まだまだ小さい子どもなのですが、日常の彼女があまりにもしっかりしているのでつい忘れて恵伝の自立性に頼ってしまったのでした。ところで最近気がついたのですが,恵伝は自分の年を人に言うのをいやがります。いつも年を聞かれると「知らない」と答えているので数字を覚えていないのかと心配していたのですが,どうやら4歳とは思いたくないようです。自分の中では既に6歳くらいのつもりなのでしょう。
Sep 24, 2011
Jewish New Year - 1
アメリカから帰ってきてすぐ引っ越しがあり,そして新学期。恵伝もクフィールも新しい保育園になり最初の1週間は怒濤のごとく過ぎて行きました。特に恵伝が通う保育園は街の反対にあり,朝の送りに1時間半かかります。新しい家、新しい保育園,新しい生活のリズム、で親子どもも大変です。
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